主動作筋?
摂食嚥下障害の分類では口腔期、咽頭期といった分類、プロセスモデルによる分類などがありますが、もっと「背景となる筋レベル」で見ていきたい、欲を言えば評価とアプローチはあまり分けたくないと日々考えています。
例えば理学療法士(PT)や作業療法士(OT)の方が分析を行うとき、いろんな見方があるなかの一つに主動作筋や拮抗筋という分類の仕方があります。
簡単に説明すると、目的とする関節運動を中心に担うのが主動作筋で、主動作筋と反対の作用を担うのが拮抗筋。肘を曲げたときの主動作筋は上腕二頭筋(縮む)で拮抗筋は上腕三頭筋(伸びる)。
ところがこの主動作筋、拮抗筋、もしくは補助筋などを、口腔が関わる食べるや話すといった活動に当てはめようと思ったら少々悩みます。
摂食嚥下や構音は、活動時に動員される筋の組み合わせがホントに複雑で
「分かりにくい!」というのが正直なところです。
どうやったらシンプルに考えられるか模索しているとき、スパインダイナミクス研修会(http://www.koko-kara.info/spine-ken/)で「固定源・駆動源」という考え方を知りました。
故 脇元幸一先生の滝のような情報量の講義を1日中 聴くのがホントに面白くて、マイスターコースの1回目までPTさんに混ざって一気に駆け抜けました(*口腔のお話は全くありません)。
何か動作を行おうと思ったら、主に動いているところ(駆動源、mobility)とそれ以外の安定しているところ(固定源、stability)に分けられます。
固定源に問題があっても、駆動源に問題があっても目標とする活動は阻害される可能性があります。
反対に固定源の機能が改善しても、駆動源の機能が改善しても目標とする活動は何かしら変化する可能性があります。
固定源から介入?駆動源から介入?
固定源の問題:
たとえばバランスボールの上など、不安定な足場で作業しようと思うと、人によっては身体のバランスをとるため、口腔周囲筋にまで余計な力が入ってしまい、本来の目的を追行するための繊細な舌の機能を発揮しにくくなるでしょう。
もしくは舌にとっての固定源である下顎が不安定(不随意に動いてしまうなど)であれば、下顎の上に位置する舌はやはり余計な筋緊張が入ってしまい力んでしまうでしょう。
*ちなみに発音にとって下顎は固定源、駆動源 両方の役割を担います。
駆動源の問題:
食べる、話すといった口腔(舌)が駆動源を担う活動。
例えばミルクが飲みにくい、話しにくい、活舌が、、、といったときに、頸部、腰背部、上下肢にまで過剰に筋緊張を高めて、目的とする動作を追行しているかもしれません。
片麻痺の方であれば、発音時に下腿の筋緊張が高まったり、足の指が曲がってくることもあります。
その場合、舌が自由に動けて、食べる、話すといった活動が楽に行えるようになると、頸部や上下肢など、それまで口腔の動かしにくさに対して代償的に過緊張を作っていた部位の筋緊張は軽減されるでしょう。
固定源からアプローチ(連携)
動画紹介:
固定源からのアプローチに関して、2019年11月 一緒にPTOTSTコラボセミナーを行うBridge(http://fjbridge.xyz/)代表 小松さん(PT)が、下肢からSTさんの音声へアプローチされている動画をTwitterに挙げていました。これをみると固定源の安定の大切さが良くわかります。(動画:https://twitter.com/bridgeaichi/status/1160145717677064192?s=20)
特に舌は舌骨上下筋群を通して、肩甲骨や胸郭などとの連結があります。さらにDFL(ディープフロントライン)など筋膜を通した全身との繋がりもあります。
舌より下部(肩甲骨、胸郭、骨盤、下肢など)は舌が駆動源になるときには固定源になりますので、固定源としての機能が改善すれば、必然的に駆動源である舌は役割を発揮しやすくなるでしょう。
頭部と固定源の位置関係:
頭部は骨盤や下肢との位置関係にも左右されます。「た、た、た」と発音する時の主な駆動源である舌尖の固定源をたどっていくと足の指まできてしまった!?
そのまま自分で下肢へアプローチしてもいいのですが、ここまでくると「PT、OTさーん」と叫んじゃいましょう。
もしかしたら日ごろ、PT、OTさんが上下肢に介入していとき、頭頚部の筋も何かしら(良くも悪くも)変化が起こっているかもしれませんが、これは前後評価をしてみないと「何が変化していて、何は変化していないのか」分かりません。
多職種連携 ST × PT、OT:
PTさんと一緒に一人のクライアントを見ていると、PTさんが下肢のROMをしている時の頭頚部の筋緊張の変化、もしくは頭頚部へSTとしてアプローチしている時の体幹や下肢の変化をリアルタイムにシェアし、より繊細にアプローチすることができます。
多職種連携 ST × 助産師 × 歯科 :
病院や訪問看護ではPT、OTさんと連携してアプローチを行っていましたが、月に一度訪問している小児歯科医院では、助産師さんと連携しながら赤ちゃんや子どもたちのサポートを行っています。
*写真 左:奥住啓祐、右:母と子のサロン Lactea(https://www.lactea-mw.com/) の古賀ひとみさん(助産師)
ぼくが舌の動きを誘導し、舌の可動域が広がったとき、腰背部に触れている古賀ひとみさんが腰部の筋緊張が緩んだのを感じて教えてくれる。もちろん古賀ひとみさんが上下肢の筋緊張を調整している時に、口腔周囲筋の緊張が変化することも良くあります(毎回ホントに勉強になります)。
舌尖部が固定源になるとき
「た、た、た、た、ら、ら、ら、ら、、、」
舌の尖端は駆動源として注目されがちですが、実は舌尖は食べるときや話すときの固定源としての役割も大変重要になります。
以前お話したように、舌は大きく2種類の筋に分けられます。
・舌の位置をコントロールする外舌筋
・舌の形をコントロールする内舌筋
(参考記事:http://site-1363555-8827-3743.mystrikingly.com/blog/0b6daed92d7)
舌はその時の目的とする活動に応じて舌の位置を変え、舌の形を変えます。
舌の形を変えながら目的とする動作に合わせて、舌内部における固定源を担う部位、駆動源を担う部位を常に切り替えていくのです。
ちなみに発音の場合、固定源では「舌が臼歯や口蓋などに接触している時間が、駆動源の部位よりも長くなる」と考えると分かりやすいです。
舌と口蓋との接触はパラトグラムというもので評価が行えまして、下の動画ではSmart Palateという機械を用いた評価を行っております(これ欲しいんです)。
「た」や「ら」の発音時、下の写真の舌の青い丸の部分あたりが固定源となり、その部位が臼歯に接した状態で、舌の尖端の黄色い丸のあたりが駆動源として上下に動きます(実際に発音してみましょう)。
舌側面の固定源としての働きが不十分であれば、駆動源としての舌尖は働きにくいです。
目的とする活動に応じて舌内部でも固定源、駆動源としての役割が変化していくのですが、どのような活動の際に舌尖が固定源になるのでしょうか。
例えば、水分を嚥下するとき。このとき健常者であれば大きく2パターンの嚥下を行います。
① 舌尖が上顎についた状態で嚥下する方
② 舌尖が上顎につかない状態で嚥下する方
あなたの嚥下パターンは①②どちらでしょうか。健常者であっても10人集まったら2,3人は②番の嚥下パターン(低位舌での水分の嚥下)をしています。
①と②の方では嚥下時の舌内部における固定源の部位は異なりますので、これからのお話は①番(上顎に舌が接地している嚥下パターン)の方の場合になります。
①番の方の水分の嚥下時、舌内部での固定源を考えると、舌尖や舌の側面が固定源に該当すると考えています。
では駆動源はどこか。この場合、舌の中央部分が駆動源となります。舌の尖端から側面にかけてが上顎に接地した状態で、舌の中央部分は上顎に触れない。
その窪んだ舌中央部分と上顎で水分が保持され、舌骨上筋群の収縮と共に、舌中央部分が上顎方向へ挙上(駆動源)することで嚥下される。
(この舌中央部の動きは一体何の筋が主に担っているのでしょうか)
試しに舌内部における固定源、駆動源を意識しながらお水をひと口飲んでみましょう。もちろん説明した方法とは違う嚥下パターンをされている方もいると思います。
一般的な摂食嚥下の書籍には、嚥下時の舌の話はあまり文章で書かれていないように思いますが(もしあったら教えてほしいです。)、①番の嚥下パターンの方の舌内部における固定源、駆動源の分け方は、おそらく上述した分け方になると考えています。
それでは、嚥下時における舌の固定源としての役割が不十分なとき、実際にどのような支障があるのでしょうか。
個人的には嚥下圧が弱くなり、嚥下のタイミングがずれ、むせやすくなるのではと予想していました。
皆さんはどの様な影響を予測しますでしょうか。
嚥下運動時の舌前半部のアンカー機能(おそらく固定源と同義と考えて良いと思います)が嚥下機能におよぼす影響について調べた研究が大変興味深いので是非読んでみてください。
アンカー機能を補強した嚥下では、咽頭後壁収縮波高の短縮と舌根部最大嚥下圧値の上昇が観察された。一方、アンカー機能を抑制した嚥下では、咽頭後壁収縮波高の延長と舌根部最大嚥下圧値の低下が観察された。
舌前半部によるアンカー機能は、舌根部の後方運動にも影響することが示唆された。
「舌前半部のアンカー機能の嚥下機能におよぼす影響」耳鼻44:301~304:1998(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi1954/44/3/44_301/_pdf/-char/ja)
アンカー
舌尖は駆動源としても働きますし、目標とする活動が変われば固定源としても機能します。
ただし同じ「水を飲む」という活動であっても、人によって舌の固定源と駆動源の部位は異なりますので、当たり前に出来ていそうな活動であっても、実際にどの様に食べて、話しているのか舌を含めた口腔周囲筋の動きの質の評価を行うことが大切です。
余談:
以前、お口あそびについて記事を書いた時に「倍音発声」の紹介をしました。倍音発声時の舌は前舌:固定源、奥舌:駆動源になります。特に前舌の固定源としての高いレベルで機能が求められる発声法でして、奥舌の上下運動などで高音成分の音の高低をコントロールします。
舌尖が上顎以外で固定源を作るとき
さて舌尖は上顎や臼歯部以外とも固定源を作るとぼくは考えています。どのようなときか、
① 「か」行など奥舌音の発音時
② 咽頭共鳴腔を広く保った状態で発声する時
②は特に声優さんや歌手の方など「声の響く空間を広く保って発声したい方」には大変重要な発声方法となります。
口腔研修の時に、デモとして2種類の声の出し分けをよく行いますが、その内の一つが②の方法での発声になります。
少なくとも上記2つの場合、舌は上顎以外とも固定源を形成しますが、舌はどこで固定源をつくるでしょうか。
それは舌尖の裏側と下の前歯の歯茎の舌側です。
このイラストでは舌が浮いていますが
特に②の咽頭共鳴腔を広げて発声しようと奥舌を下げたとき、多くの方が奥舌と一緒に舌尖も咽頭方向に引きずりこまれます。
分かりやすい方は舌尖部が上顎方向に反りかえるような動きがみられます。
これでは声を響かせようと思って奥舌を下げたのに、舌尖が固定源としての役割を担えずに奥舌を下げにくい上に、発音にとって駆動源として大切な舌尖部まで緊張してしまい、発音しにくくなるでしょう。
咽頭共鳴腔を広く保った状態で発声するには、舌前半部分と舌後半部分の分離運動が大切になります。
ここでいう動きが分離しているというのは、舌尖が固定源として働いているときに、奥舌は駆動源として働くということです。
厄介なことに発声だけでなく、そこからさらに発音も行っていく必要があるので、舌尖や奥舌はその時の発声や発音に応じて、固定源としての働きと駆動源としての働きの両方を担います。
舌尖の裏側と下の前歯の歯茎の舌側(ここを表す単語ってあるんでしょうか?)とで固定源を作った状態で、駆動源として奥舌(+喉頭)の上下運動を早く、スムーズに行えることが自分の声質のコントロールの基礎に繋がります。
*効率良く奥舌の機能を高めたいと思った時には、舌尖の機能に加え、舌骨周囲筋の緊張や軟口蓋周囲の緊張も見ていく必要があります。
余談:
いつも東京に行ったときに良くして頂いている声優・ナレーターの藤本京さん(Twitter:
https://twitter.com/fujikyo521?s=17)に初めて奥舌と喉頭の上下運動を見させて頂いたときは、上下運動のスピードの速さに驚きました。それから負けじと僕も日々トレーニングを頑張っています。
舌尖を下の歯の裏側や上顎へ付けた状態(固定源)で奥舌のみを左右上下に動かせますか(駆動源)?
ワンコがシッポをフリフリするように
感じて止まる
さて舌側面と上顎、舌裏と下の歯茎の舌側。どちらで固定源をつくるにしても大切なことがあります。
それは「舌で上顎や歯茎をしっかり感じ、そして舌がその場で止まれる」ということです。
これまでの記事では「運動方向を感じて→舌が動ける」ことについて書いてきましたが、「感じて、舌が固定源としての役割を担うため、その場に止まれる」というのも大切になります。
本来、大変繊細に感覚情報を処理している舌ですが、舌で刺激を感じるために、まず大前提として舌(尖)の筋緊張は高すぎても、低すぎても刺激を感じるにはハンディになります。
特に舌尖部は若い健常者であっても筋緊張が高い方、低い方がいらっしゃいます。
その場合、指で舌の後方、前方と触れてみると、触れられている方は感じ方が異なるのに気付くと思います(舌の裏側も触診して筋緊張を評価します)。
もうちょっとマニアックに:
舌尖部の緊張が低い場合、舌尖だけでなく奥舌の緊張も低い方もいれば、奥舌の緊張は反対に高い方もいます。特に奥舌の緊張が高い方の場合、「感じて→動くor止まる」という時、過剰に奥舌の緊張を高めるという戦略で目的動作を行いやすいです(まるで舌尖が存在しないかのように)。
研究によっては舌尖部の萎縮は30代で始まる方もいるというデータもあるそうです。舌尖部が低緊張な健常者の方は舌の視診や触診でも判断できますし、そういう方の場合、舌にふれた状態でそのまま挺舌してもらうと、舌尖の緊張は低く(中には舌尖の形が分かりにくい方も)、奥舌の緊張を過剰に高めるという独特な戦略で挺舌をされるので分かりやすいです。
そのような方であっても、舌尖に対してピンポイントに、そしてゆっくりと徒手的に誘導を行っていくと、舌尖の感じ方や舌尖の形がその場で変化していきます。それを体験した方のなかには「わからなかった舌尖にじわっと神経がつながって、誘導される方向もわかってきた」と話される方もいて、とても興味深いです。
その変化を見た言語聴覚士や歯科の先生方は「大きく舌を動かしたり、ゴリゴリしなくていいんですね」と驚きながら話されます。
しっかりと舌尖部の機能を使って、より高い舌の機能を目指していきたいものです。
舌の触れる場所が変わっても感じ方は一緒ですか?
刺激を感じて動く、感じて止まる。
目的とする活動にあわせて、常に舌内部で役割を分担しています。
よく「舌のトレーニングってゴールが見えない」という声も聞きます。
舌のトレーニングにおいて「目的とする活動が何か」が定まらないと、その活動に応じて必要な口腔機能は変わるので、目指すべき舌の機能や伸ばしたい舌の運動方向などは見えず、終わりのないトレーニングが始まります。
例えば簡単に舌のみの評価とアプローチの流れを書くと以下のようになります。
① 目的とする活動を定めます
② その活動時、舌内部ではどこが固定源・駆動源を担いますか?
(現状と理想)
③ 今の舌の得意な運動方向、苦手な運動方向は?
(http://site-1363555-8827-3743.mystrikingly.com/blog/f550264cdc5)
④ 姿位などいろいろ条件を変えて再評価
⑤ 舌が自由に動ける運動方向を広げていきます
⑥ 舌内部の分離を促通し、舌内部での固定源、駆動源としての働きを強化
⑦ 実際に目標とする活動を練習
⑧ 適宜、口腔外から舌の過剰な力みを軽減(口腔外から舌の筋緊張へアプローチ)
(http://site-1363555-8827-3743.mystrikingly.com/blog/38858ec165c)
もちろん「話す」という活動には呼吸機能や発声機能も関係してきますので、各機能や機能を支える筋の緊張などについて評価し、どの機能を伸ばしていくのが効率が良いか評価、介入、検証を行いながら考えていきます。
脊柱の棘突起や足底にそっと触れた途端に声質が変わる方もいれば、舌の機能が改善することで、呼吸のしやすさや声質が変化することもあるので、全体を評価したうえで、目の前の方にとって、どこに、どの職種の方がアプローチするのが良いかはその都度考えます。
最終的には、
歩行の機能を改善しようと思えば必ず下肢は評価し、順番はどうあれ何かしらの方法で下肢へ丁寧に介入していくと思います。
同様に口腔が関わる活動の質を高めたい場合も、ずっと足部や骨盤周囲、肩甲骨など遠位部の固定源を担う部分のみへアプローチしていくわけではなく、同時進行で口腔への直接的なアプローチが必要です。
たとえば舌尖の筋緊張が低い場合は、舌尖部に必要な筋収縮が起こるよう、反対に過緊張である奥舌の筋緊張は緩めたうえで、過度に奥舌の筋収縮に頼った舌の運動とならないようアプローチしていきます。
摂食嚥下障害では直接訓練、間接訓練とありますが、上記のようなアプローチを行うなかで、丁寧に舌の「感じて、動く(駆動源)」、「感じて、止まる(固定源)」といった大切な機能の再学習を行います。
口腔にとって必要な機能を効率良く高められるよう直接訓練、間接訓練の方法を習得し、精度を高めていきましょう。
まとめ
・目標とする活動について固定源はどこ?駆動源は?と考えてみましょう。
・舌内部でも固定源、駆動源は流動的に変化します。
・どちらも舌の筋緊張の高い、低いに影響されます。
・舌が楽に動ける範囲、
そして内舌筋の分離機能をどんどん高めていきましょう。
・まずは評価!