食事と姿勢
赤ちゃん、子ども、高齢者。食事を考えるときに姿勢を含めたポジショニングが大切なのは皆さんご存知で、日々いろんな工夫をされていると思います。
足は床から浮いてませんか?
テーブルは高くありませんか?
今回のテーマは姿勢と食事ではありません。姿勢とはちょっと違った視点で、食べることを考えていきましょう。
食べ物の取り込みかた
私たちは食事のたびに、食物を口腔内へ取りこむということを何度も繰り返しています。しかし、食物をどの様に取り込んでいるか見てみると、人による戦略の違いが見えてきます。
舌の使い方を含めて、食物を取り込む方法にはいろんなパターンがあります。
たとえば、上唇に注目すると
①上唇を使って食べ物を取り込む方
②上唇は殆ど動かずに歯で食べ物を取り込む方がいらっしゃいます。
これは健常者、何らかの疾患を抱えているかた関係なく、②の噛んで食物を取り込む方はいらっしゃいます。
皆さんは食べ物をどのように取り込んでいるでしょう。今日の食事の時に、食べ物をどの様に取り込んでいるか改めて意識してみてみると、面白い発見があるかもしれません。
自立して食事ができている場合は上唇を使っても、使わなくても支障は少ないと思いますが、仮に食事介助が必要になったときには、上唇をオートマティックに使えないことが大変困った問題と変化する可能性があります。
もしくは食事が自立している方であっても、口唇が上手く使えないことでの審美的な悩みがある方もいるかもしれません。
介助者がスプーンを使い、ご利用者の口腔内へと近づけていくと「ガチッ」とスプーンを噛んでしまい、食事がスムーズに進まない。
もしくは咀嚼、嚥下時も口唇が協調的に活動できず、口腔内の圧を保てない。
日ごろ食事介助をされていて、上記のような問題に悩まされている方は多いと思います。
この背景には、複数の原因があるとは思いますが、その中のひとつに、病気になる前からの「食べ物をどのように取り込んでいたか」という、その方の無意識の戦略の影響もあるのではないかと考えています。
オートマティックな動き
食べ物を取り込む、咀嚼し、嚥下する。これらのプロセスにおいて、口腔や顔面の筋を随意的に動かすこともできますが、殆どの場合は食べ物に合わせて、オートマティックに各筋が動いています。
口腔研修①を受講された方は皆さん体感されたと思いますが、口腔内に食べ物などの刺激が近づいてきた時、無意識にどの様な反応を返すかは人によって面白いくらい違います。
咀嚼運動は半自動運動に分類される。半自動運動とは、随意的に制御可能であるが、通常はその運動の大部分が自動的に追行される運動をいい、呼吸や歩行も半自動運動である。1)
(咀嚼の辞典,井出 吉信,朝倉書店)
人はお母さんのお腹の中にいるとき、そして産まれてからも様々な活動を通してお口を使う練習をしています。笑う、泣く、話す、食べる、遊ぶなどいろんな活動のなかでお口の練習をしています。
舌や口唇は「こういう風に使うんだよ~」と習うわけではなく、両親の口の動きを見たり、音を聞いたり、そして真似してみたりしながら練習していきます。ですので人によって、話すとき、食べるときの口の使い方が異なるのは当たり前です。
例えば離乳食初期の頃は、下唇を上唇で舐めるといった、上唇の動きが出てくることが大切ですが、何らかの原因によって上唇をあまり使わない(使えない)まま、離乳食が進んでいく場合もあります。
上唇を使わない経験が増えていく。すると食べる、話すときに上唇を使う学習経験は不足していくので、例えば食べ物に合わせてオートマティックに口腔周囲の筋が動いていく時に、脳のなかで上唇を使うという選択肢もおそらく減っていきます。脳のなかに口唇が無い状態になるのです。
上唇よりも、日ごろ食事や遊びなどの活動場面で沢山動かす経験をしている筋(得意な筋)を使った動きになるでしょう。食事に限らず、たとえば口唇を使って発音する「パ行」も上下の口唇を閉鎖せずに発音したりするかもしれません。
舌の機能も口唇の機能も、発達過程で一つ一つ獲得し、試行錯誤していくうちに自動化されていきます。
ただし人によっては、発達過程で上手く獲得できていない舌や口唇の動きもあります。
口腔機能の問題はいつから始まっているのでしょうか。
たまに上唇が薄い方がいらっしゃいますが、日常生活のなかで無意識に上唇を使えないことが関係しているのかもしれません。
おそらくこの場合に口唇の評価を行った場合、「筋力が低い ➡ 口唇の筋トレ」と考える方は多いと思いますが、
大切なのは「筋力」というより、食べる、話すという時に、その活動を担う一つの筋として、これまで上手く使えていなかった上唇が、無意識の戦略に組み込まれるようになることです。
食べる、話すといった活動時には、本来使いたい筋よりも先に、これまで無意識に使ってきた筋が早く反応し、動こうとしてきます。そこを丁寧に評価しながら、本来使いたい筋が楽に動けるようアプローチを行う必要があります。
それは何も徒手的なアプローチに限らず、そういう視点で食事介助を行うと、食事をしながらも使いたい筋を使う練習になります。
反対に何も意識せず、流れ作業の食事介助になってしまうと、食事の時に上唇を使わないということを練習する時間になってしまうでしょう。
そういった専門的な食事介助を行いながら、なるべく楽に咀嚼ー嚥下して頂き、食事のリスク面だけではなく、食事を楽しむというところも大切にしたいと考えています。
面白いことに、外部の刺激(食べ物など)や話そうという時に、無意識に口唇が反応できるようにアプローチを行うと、その場で口唇の厚みや色は変化してきます。
口唇と咀嚼筋
さて、上唇は低緊張でも上手く使えないし、過緊張でも動かしにくいです。
健常者であっても年齢関係なく(子どもでも大人でも)低緊張の方もいれば、過緊張の方もいますので、評価が必要です。
ご自分の上下の口唇をグルっと一周、ゆっくり触っていくと、感じ方が違う部位があることに気付かれる方もいると思います。
低緊張や過緊張による影響は、口唇の動かしにくさだけでなく、「感じる」という機能にも影響してきます。上唇が動けないと感じにくいし、感じれないと動けないという悪循環が始まります。
ちなみに閉口筋である咬筋は、口唇からの感覚入力により抑圧効果があるという研究2)もあります。どうしても筋出力の方が評価もしやすく、目もいきがちですが、感覚入力という視点でも口腔を見ていくことが大切です。
口唇が低緊張もしくは過緊張によって感覚入力が制限されると、咬筋に対する抑圧効果が働きにくくなり、咬筋の緊張が高まる可能性があるということです。このことも「スプーンを噛む」ということにも関係するのでしょうか。
赤唇
口唇の赤い部分を赤唇といいます。
食事などの活動場面において、効果的に口唇や口腔内から感覚入力が入るようアプローチを行います。
特に口唇においては赤唇へアプローチを行うことが、効率が良い印象です。いろんなアプローチ方法があると思いますし、実際に理想とする変化が生じるのであれば方法は何でもいいです。
僕自身が効率よく赤唇へアプローチできると考えている方法は口腔研修の2日目でお伝えしています。(Oral②:http://site-1363555-8827-3743.strikingly.com/#s-r-touch-oral)
赤唇へのアプローチの3つのコツがわかると、その場で口唇の動きやすさが変化するのを体感できると思います。
実際に臨床場面においても、急性期~維持期と関係なく、
「スプーンを噛んでしまう方に対して、赤唇へのアプローチ後に上唇で食物を取り込むことが出来るようになった」
と、研修の受講性から嬉しい報告を受けています。顔面神経麻痺や口部顔面失行の方にも良い手ごたえを感じています。
上唇が動かないことの影響
口唇は、多くの顔面筋が関係しているために、顔面のなかで最もよく動く部分である。
筋繊維のなかには口唇にだけ限定的なものもあれば、他の顔面筋からの繊維の一部が口唇に入り込んでいるものもある。3)
(ゼムリン 言語聴覚学の解剖生理,Willard R.Zemlin,医歯薬出版株式会社)
食べ物を取り込むさい、上唇が動かないことによって、食べ物が口腔内に入ったあとの咀嚼運動にも、口唇で食べ物を取り込んでいる場合とは大きな違いが見られる場合があります。
たとえば
①上下の歯の接触の仕方
②咀嚼時の舌の動き方
摂食嚥下にも構音にも関わる口唇。口唇から表情筋や咽頭部までも繋がっています。
たんに食べ物の取り込みが口唇で出来ないだけでなく、その後の咀嚼、嚥下にも影響を及ぼしているのかもしれません。
もちろんトランペットやサックスなどの楽器演奏においても口唇は重要な役割を果たすでしょう。口唇へのアプローチ前後での音色の変化も評価すると面白いと思います。
赤唇へのアプローチと合わせて、アプローチ前後の咀嚼運動の変化を評価し、適宜①や②もしくは上顎粘膜など口腔内へのアプローチも行っていく必要があります。
まとめ
・食べ物の取り込み方も人によって戦略は違います。
・乳幼児の時から口唇をしっかりと動かす工夫をしていきたいですね。
・大人になってからでも、口唇の機能は再学習できます。
・姿勢も大切ですが、口唇や口腔内の動きも丁寧に評価してみましょう。
今日のご飯はなんでしょうね♬
参考文献
1)咀嚼の辞典,井出 吉信,朝倉書店
2)吸啜運動への口腔感覚による反射性調節, 蓜島 桂子等,小児歯科学雑誌/34 巻 (1996) 4 号
3)ゼムリン 言語聴覚学の解剖生理,Willard R.Zemlin,医歯薬出版株式会社