衝撃だけど納得の一言
「麻痺などない受講者同士で舌を評価して何がわかるんだろう」
口腔研修では受講者同士で口腔機能の評価とアプローチの実技練習を行うのですが、これは口腔研修のことを知った時に言語聴覚士さんが感じたことと受講後に教えてくれました。
これは素晴らしい疑問です。
口腔研修はSTさん以外にも、PTやOTさん、看護師さん、歯科の先生方や助産師さん、子どもに関わる専門職や介護に関わる専門職の方など、様々な職種の方が受講して頂いてますが、今のところこの質問はSTさんから頂く事が殆どです。
実際こう感じたSTさんは一人ではなく、実際に口腔研修が始まる前に同じような質問をして頂いた言語聴覚士さん経験年数関係なく複数いました(意外と多いです)。
これは研修を始めた当初、ぼくにとっては予想外の質問でしたが、自分も病院勤務していた時だったら同じ疑問をもったでしょう。
たとえばSTさんが行う標準ディサースリア(運動障害性構音障害)検査(AMSD)において舌の評価項目をみると、舌を前に出す、舌を左右に動かす、舌を挙げる、反復運動、筋力などあります。
その他にもSTさんが行う主な口腔機能の評価の基準であれば、健常者だったら間違いなく「できる」にチェックがつくでしょう(もしかしたら呼吸、発声機能は引っかかる方がいるかもしれませんが)。
おそらく大学でも、正常な口腔の解剖や機能、そして様々な障害による影響について学ぶため、健常における口腔機能のバラツキについては学ぶ機会がありません。
そう考えると、はじめの疑問である、
「受講者同士(健常者)で舌を評価して何がわかるんだろう」と考えるのも納得です。
口腔機能の質を評価
お腹の中にいるときから、口を動かして、口に自分で触れたり、オモチャを口に入れたりしながら学習しています。もちろん学習は産まれてからもずっと続いていきます。
本来、口腔内において自由に舌の位置を変え(外舌筋)、形を変え(内舌筋)、その時の活動に必要な機能を発揮しています。
舌は意識して自分で動かすことも出来ますが、日常生活における食べる、話すといった時の舌の動きは無意識下で行われます。
みんなが同じような口腔機能であれば、声優さんや歌手のような素敵な発声が自然とできるでしょうが、現実はそうではありません。
口腔機能にはバラツキ(低い~高い)があります。
もちろん声のお仕事をされている方は、口腔機能のバラツキがあるなかでも、機能の高い方に位置するはずです。毎日、トレーニングを行い、口腔機能を磨き上げることによって、口腔機能を日々高めています。
一方で口腔機能にバラツキがあるということは、機能が低い方もいるということです。産まれてから笑って、口を動かして遊んで、しゃべって、食べてと様々な活動を通して口の使い方を練習し、習得していきます。
その際「舌や口唇のここを、このように動かすんだよ~」といった習い方はしません。周りの方の口の動きをみたり、音を聞いて真似したりしながらも、おそらく、その子にとってその時に使いやすい筋を無意識に使うことになると思います。
人によって歩き方が違うように、結果的に話すとき、食べるとき、どの様に口腔の筋を使っているかが異なってきます。
舌を前に出す(提舌)はオトガイ舌筋の作用と書かれています。ところが実際に提舌時の様子を観察していると、見た目は同じように舌を前にだしているようで、オトガイ舌筋以外にもいろんな筋が収縮しているのがわかります。
内舌筋の動員の程度や、どこで代償しながら舌を動かしているかなど、その動きの質は人によって全然違います。
子どもさんの提舌を見ていても、内舌筋も動員しながら細い舌が口腔外へ出てくるのは良く観察されると思います。
健常者においても舌や口唇などの動きの質も含めて、口腔専門職が評価そして分析できると大きく2つのメリットがあります。
メリット ① - 1 評価(代償)
例えば舌を前に出すさい、楽に舌を動かせる以上に舌を前に出そうとする(セラピストの指示に頑張って応えようとする)と、様々な部位の筋も動員しながら舌を前にだします。口唇を使ったり、肩に力をいれたりと動員する筋は人によって様々です。
麻痺のある方の場合、手や下肢、足の指などに力をいれながら、セラピストの指示に対して頑張って応えようとされます。
舌を前にだす際に、代償が出やすいかどうかは、開口した時の舌の得意なパターンを視診すると、ある程度は予測できますが、まずは一つ一つの口腔機能評価の項目において、動きの質を評価し、特記として記録しておきましょう。
メリット ① - 2 評価(経過)
口腔機能評価において数値上は前回の評価と変化がなくても、動きの質を丁寧に評価することで、改善傾向にあることを評価(提舌の範囲は変わってないけど代償が減っているなど)することができます。もしくは悪化の兆候にも早期に気付ける場合もあります。動きの質を評価し、記録に残しておきましょう。
メリット ② アプローチ
とくに健常者同士で舌の機能評価が丁寧にできると、麻痺のある方の口腔機能評価(例えば提舌)から分かる情報量が増え、同じ舌へのアプローチでも、よりターゲットを明確にアプローチできるようになります。
例)提舌
① 一般的な方法:現在舌は口唇上までは出せる。口腔外まで舌を前に出せるよう反復練習。
② 動きの質を考慮:開口時には舌は口腔後方へ引きこまれ、舌尖部の緊張は維持できず形が変化する。舌を前に出す際、舌尖部の緊張は低く、奥舌の緊張を高めながら舌を前に出す傾向にある。その際、口唇を閉鎖する方向に力をいれながら舌を前に出そうとされる。口唇や奥舌の緊張に過度に頼らず、前舌の緊張を維持しながらそして舌を前に出せるよう、舌の動きを徒手的に誘導していく。
子どもたちや健常成人の口腔機能もこのように数値化しにくい動きの質を評価し、特記として記録していきます。少しずつ細かく評価できるように練習していきましょう。
健常口腔から見えるもの
ここ数年、低栄養の問題が注目されています。病気をする前から、低栄養によって口腔機能を含めた様々な機能が低下している。さらに入院中も、、、
しかし、病気をする前から口腔機能にはバラツキがあることも知り、そこを口腔専門職は評価できる必要があります。
特に高齢者の場合は2人に1人は健常者でも誤った嚥下パターンをしているという研究もありますので、口腔機能の評価は大切です。
もともと獲得した口腔の筋の使い方。ここにハンディがあった上に、低栄養の影響も加わり、さらに疾患の影響やストレスの影響なども加わってくる。
40代になってムセはじめた。それは年のせいなのでしょうか。
目の前の方の口腔機能の問題は果たしていつから始まっているのでしょうか。
僕自身もリハビリテーション科で働いていた時は、こういったことは考えもしませんでした。きっかけは小児歯科の先生方や助産師さんなど、多職種の方々と一緒に口腔機能をサポートするようになったことが大きかったと思います。
助産師さんと赤ちゃんを観察したり、小児歯科で子どもたちの口腔機能を評価したり、口腔研修を受講して頂いた医療専門職の口腔機能を評価していると、健常における口腔機能のバラツキが良く見えてきます。
・舌尖と奥舌で緊張に明らかな差がある方
・舌の左右で緊張に明らかな差がある方
・開口時に舌尖の形状を維持できない方
・提舌時に左右どちらかへ偏移する方
・口蓋垂が偏移している方
などなど全て健常者において良く観察される口腔機能のバラツキです。
視診、触診を行うと良くわかります。
特に舌や口蓋垂が偏移している健常者をみると、通常の麻痺のパターンとは反対方向へと舌や口蓋垂が偏移している方の原因はこれか!?という妄想が膨らみます。
バラツキはダメなのか?
口腔機能にバラツキがあるのは「普通」であり、バラツキ=問題 ではありません。
① 予防的な考え方
例えば、舌尖部や舌側面があきらかに低緊張になっている場合、これは現在 食べる話すといった活動に支障がなくても、将来問題が生じる可能性があるので、予防的に低緊張部の機能を改善しつつ、過緊張となっている部位に頼らなくても良いようにアプローチする必要があると考えています。
また発音しにくそうだなぁと思っても、その状態が長く、その人にとって普通であれば、話しにくいという自覚はないかもしれません。ここは難しいところだなぁと感じますが、大切なのは次の内容です。
② やりたい事(夢や望む暮らし)と口腔機能
口腔機能にバラツキがあっても普通に生活する分には問題がないかもしれません。ただし、その方が例えば「トランペットをやりたい!」「声優になりたい」など口腔機能が大きく関わる目標を掲げた時には、もともとの口腔機能のバラツキが大きく関係していきます。
特に「健常」という枠で生きる場合、まずつきまとうのが根性論です。口腔機能が低い場合、おそらく他の子どもさんよりも、練習の成果で出にくいです。その場合「練習不足」「やる気がない」と言われるでしょう。それでも負けずに頑張っていると、今度は歯列の方へ影響がでてくるかもしれません。
そうなる前に、目標とする活動にあった口腔機能まで専門職と一緒に再学習していく方が理想だと考えています。
現在、舌の位置とバランス機能、舌の位置と下肢の筋出力といった口腔と全身の関係についての研究も海外で行われています。そう考えるとあらゆる日常生活動作に口腔が関わっているのかもしれませんね。
次回
月に1回、助産師の古賀ひとみさん(https://www.lactea-mw.com/)と一緒に小児歯科医院(http://non-kids.com/)へ訪問し、赤ちゃんや子どもたちに対して個別に評価、アプローチを行っています。ありがたいことに口コミがひろがり、12月からは月に2回となる予定です。
口腔トレーニングは腹臥位で(*´ω`*)
もともとは高齢者のリハビリテーションに長く携わってきましたが、病院や在宅で行うリハビリテーションと小児歯科医院で子どもたちを見るのでは圧倒的な違いを感じていました。
最初はその違いというか、違和感の正体がわからなかったのですが、その理由が見えてきましたので、次回はそのようなテーマで書きたいと思います。